高齢者介護と在宅介護サービス
高齢者福祉事業のはじまり
日本では、近年まで高齢者を社会で支えていく体制、
つまり、高齢者福祉の考え方が確立されていませんでした。
日本の福祉事業は、戦後の戦災孤児など貧困に悩む戦争被害者を保護する目的からはじまったとされています。
その後、時代の流れとともに、対象は広い範囲での弱者を救済するものとなりましたが、
長いあいだ日本では、福祉といえば生活保護者など、おもに経済的弱者の救済が目的とされ、高齢者を対象とした考え方がなされていませんでした。
政府がはじめて、高齢者介護を福祉事業の一環として取り組むようになったのは、1963年に老人福祉法が制定されてからです。
老人福祉法は高齢者の心身の健康を保ち、生活の安定をはかることをうたったものですが、これを機に特別養護老人ホームなどの介護施設が各地に設立されました。
しかし施設の数がかぎられていたため、利用できたのはごく一部の人にとどまりました。
入所まで2年、3年と待たされることも多く、本当に介護を必要とする人がすぐに利用できないことが問題となりました。
そこで、高齢者は病院での治療が無料になるなど対策がほどこされますが、
今度は、介護施設に入れない高齢者が病院を独占してしまうという新たな問題が生まれました。
介護を行うための施設や人手不足の問題は、その後20年のあいだ、解決されることはありませんでした。
在宅介護サービス
高齢者の家庭での介護代行事業、つまり在宅介護が公共のサービスとして行われるようになったのは1960年ころからでした。
各地の自治体が独自に家政婦の延長として行うようになったのが、そのはじまりとされています。
記録に残っているものでは、1956年に、長野県の上田市、諏訪市など13の市町村が、各市町村の社会福祉協議会に委託してはじまった「家庭養護賂派遣事業」がもっとも古いものとされています。
老人福祉法が制定されてからは、そういった在宅介護を行う人たちは「家庭奉仕員」とよばれ、老人福祉の一端を担う職業として認知されるようになりました。
これが現在のホームヘルパーの原型であると考えられています。
そして、施設介護の限界がささやかれていたなか、施設を必要としない在宅介護の存在が、注目されることになるのでした。
1980年代になると、社会の高齢化が深刻な問題として取り上げられるようになったこともあり、これまでの介護システムを根本から見直そうという動きが高まります。
1989年に、高齢者福祉事業のいっそつうの充実を目的として「ゴールドプラン」という政策が提唱されました。
このプランのおもな目的は、施設・在宅ともに介護にかかわる人材を増やすことでした。
とくにホームヘルパーは、施設不足を解消する鍵を握る仕事と考えられ、その数を増やすことが早急の課題とされました。
現在の介護システムを担う介護保険制度が登場したのは、2000年4月のことでした。
これまでの高齢者介護制度と異なる点は、まずさまざまな機関や制度のもとで複雑に管理されていた介護サービスが、介護保険制度のもとで統合されて一本化されたことです。
また、これまでは、市区町村など行政側の人間がサービスの内容や利用頻度を決めていましたが、
介護保険制度下では、介護サービスを直接受ける人(以下、利用者とします)やその家族が、サービスを提供する事業者やサービスの内容を選べるようになりました。
経済的弱者救済にかたよっていた感があったこれまでの日本の介護システムでしたが、
ようやく、介護が必要な人が、必要なだけ利用できるシステムがつくられたのです。
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