保健について
「保健」とは、保健室、保健体育、保健所など身近なところでもよく耳にする言葉です。
でも、どういう意味かと間かれると、答えに困ってしまうのではないでしょうか。
もっとも明快な答えは、文字通り「健康を保つこと」ですが、保健師の仕事を理解するためには、健康という言葉の意味も理解しておきたいものです。
世界中のすべての人たちが、可能なかぎり最高な健康の水準に到達することを目的に設けられた世界保健機関(WHO)は
「健康とは、完全に身体、精神、および社会的によい状態であることを意味し、
たんに病気でないとか、虚弱でないということではない」
と、定義づけています。
つまり、自分たちの身体や精神ばかりか、取りまく社会も健全でなければ「健康」とはいえないのです。
人びとの健康をおびやかす要因は、地域によってもちがい、時代とともに変化します。
現代の社会状況でいえば、発展途上国における貧困による飢餓、戦争による傷害と混乱、先進国における公害問題など、早急に解決すべき問題点がたくさんあります。
時代的な変化でいえば、戦後まもない日本では貧困や衛生面の不備による赤痢やコレラ、結核などの伝染病が人びとの健康をおびやかしていましたが、
現代では食生活の乱れによる生活習慣病やストレスによる精神的な病気などが大きくクローズアップされています。
これらの要因は、個人で解決できることばかりでなく、社会的な問題にまで発展しています。
そこでかかわってくるのが、地域社会の「福祉」や「保健」であり、その現場で活躍しているのが保健師なのです。
では、保健師はいつ登場したのでしょう?
その生い立ちを知ることで、保健師の目指す理念を理解できるにちがいありません。
18世紀にイギリスで起きた産業革命は、さまざまな新しい技術をもたらし、同時に資本主義という新しい社会の仕組みを生み出しました。
しかし、当時の記録から、大工場の繁栄のかげで貧困生活を送る労働者の非衛生的な生活ぶりがうかがえます。
多くの人が、最悪の環境のなかで病気になっても医者にかかることができない状態だったようです。
このような状況を見るに見かねたウィリアム・ラスボーンは、1859年にマリー・ロビンソンという看護師を雇いました。
マリーは、貧しい人びとの住む地域で病人の看護や、病気予防のための生活指導、生活相談を行いました。
そして、この活動が現在の保健師という仕事のはじまりとされています。
一方、日本の保健活動は明治維新後にはじまりました。
当時は維新による大きな社会の変動で、都市は貧しい人びとであふれました。
そのような人たちを対象として訪問看護や保健指導が各地で行われたのです。
日本最初の組織的な保健活動は、1891年(明治24年)濃尾大地震のときです。
このとき、東京慈恵医院の看護師が被災地看護や衛生指導に従事しました。
やがて1935年(昭和10年)に、東京市特別衛生区京橋保健館という施設ができ、地域住民の病気の予防や健康の増進をはかる各種の事業が行われました。
これが現在の保健所の原型です。このとき、事業に携わった人たちが保健師のはじまりである保健婦です。
そして2002年には、これまで親しまれてきた保健婦という名称が、新たに保健師と改称されました。
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